L'amore di colore

地球でゆるゆると愉しく、自分もみんなも愛しながら活きるためのご提案ブログ

植物を食べるということについて。

Facebook 2017.02.10 の記事から転載・少し改行など修正。

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畜産のお肉も食べてる人の前で、

「わたしは、わたしのために動物を殺してほしくないこともあって、

肉食べないんだ」ということを話すと、時折、

「それは植物でも同じじゃないのか」と言われることがあるんだけど、

違うね〜ん!

 

まぁ、どちらも、囲って育ててるという前提がある上では、

食べる人の身体に入っていくまでの扱いが良い感じがするほうが

より良い、ということは同じなんだけど、

(ケージより放牧、農薬使用より無農薬栽培、のように)

動物と植物では、痛覚の有る無し以上に、

意識の在り方…存在意義とか感覚が違う。

 

個体そのものだけが"自分"という囲いがよりあるのが

人間をはじめとする、いわゆる"動物"だとすれば、

植物や微生物は、個体意識が薄く、集合意識的というか。

 

竹とかわかりやすいんだけど、地上に伸び出ている一本一本の竹が、

人間にはそれぞれ別のものに見えてると思うんだけど、

実はあの子らは地下で根っこで一帯繋がってて、

根っこが死んだらそこ一帯の竹林が死ぬんですよ。

で、他の植物は、例えばニンジンとかは、

姿形こそは見えてる一本で完結してるけれど、

土が、いわば集合意識的な役割をしていて、

人間の目には見えにくいけどもいつの間にか

ソレの種や、鳥とか動物が運んできた種とかが自然と散布されてたりして、

違う種(シュ)のものも同じ土で共に生きていくことになります。

 

それを、"土の意識が全部知ってる"ので、

その土の意識で繋がってる、とかそういう感じ。

 

実は人間や他の動物も、

いわゆる"見えない世界"(精神世界とも言いますね)では、

植物たちと同じように繋がっているのですが、

植物と違って、基本は、付いてる手足を動かして、

行きたいと思ったところに自由に行くことができます。

(だから、自分の意思で動かせる身体そのものを、

"自分"という一つの存在だとみなす傾向にあるのだと思います。)

 

植物は、動物や、風など、"植物"とみなされるもの以外の外的要因で、

やっと移動ができますが、そもそも彼らにとってはそれが"普通"です。

むしろ、細かいトゲで実を包んで動物に着きやすくしたり、

ある意味自由に移動できます。

他の存在があってナンボだと心得ているんです。

"他力本願"っていうか(^-^)

 

その土地を見守るかのように聳え立つ木々も、

動かない代わりに、そこに住み着いて移動する動物や、エリアに立ち入る人間から、

様々な情報やエネルギーを受け渡ししているのです。

古来の日本人はそれを無意識か意識的に理解していましたので、

森林のバランスをとるために切り倒すべき木がわかり、

それをありがたく、家を建てるための板にしたり、

色々なことに利用させてもらってたりしたんです。

(今でも、間伐のお仕事をされている方々は

そういった意識でされていることと存じますが。)

 

動物は、個体に付いている手足で、移動できますので、

その個体それぞれに、それぞれの意思で動き、

それぞれの役割を(ごくごく自然に)つとめるという、

"動物"全体としての役割があります。

だから、それぞれ行きたいところに行くという権利があるんです。

(その前提があるので、やはり畜産はおかしい、という結論に至るわけですが。)

 

人間をはじめとする動物が植物食べることは、

個体が意思を持っているという意識が強い人間にとっては、

動物を殺して食べること変わりないことに思えても

それは仕方のないことだとも思います。

ですが、基本的には、動物が食べた実の中にある種は

消化されずに吐き出されたり、うんこさんになって出て土の上に撒かれ、

それによって種を移動できた植物は、そこで発芽し、新天地で育ち始めます。

うんこさん自体も、そこにいる微生物や単細胞生物によって分解され、

新しい土になります。

 

本来は、人間の出すウンウンも、同じ役割を果たしていました。

(水洗トイレは匂いもすぐどっかに流れていくので、都会では便利ですが、

人間と大地が繋がってる意識が、感覚的に削ぎ落とされやすいのがネックですね。

水道局に着くであろう大量のウンウンってどうなるのかな?

あとで調べてみよーっと。→特に何もわかりませんでした…orz)

 

なので、集合意識からしてみれば、

植物は、なんらかの方法で違う場所に移動してナンボなんです。

動物は、個体の意思で移動してナンボ。

だからわたしは、動物を狩って肉を食べること自体は、

別に不自然とは思っていません。

食べるために囲うのはおかしいと思うけど。

(あと、モリユカちゃん個人の感性からしたら、

血肉とか痛々しいのは見たくないし、食べたくもないです。)

だから畑も、より囲わないくらいでいいのだとも思います。

ただ、まず、動物を解放しましょ。だって"動"物やんw

自然の前提を理解する人が増えていけば、

同時進行で植物にもそれは及んでいくと思う。

(それか山に泥団子投げるくらいの自然農のほうが先に広まる可能性もありますが)

 

❤️ここまで❤️

 

…っていうことを、さらに上手いこともっと簡単でシンプルで

わかりやすい何か例え話しとかでつるんと理解しやすく

話していけるようになろうっと。

いわば感覚的なことを言葉で表現してるだけなので、

正確に理解していただきたいと思うとどうも長文になる(笑)

 

長文やから理屈っぽく見えるけど、

ホンマはもっと感覚的に、人間も本来やったら知ってるはずのこと…。

理屈っちゃ理屈やけど、人間のあいだだけで

なんとか通用しちゃうようなレベルの理屈ではないことは確か。

地球とか地球に似た星では大体そんな感じ、

っていうレベルでの理屈ってとこかなぁ。

 

お読みいただきありがとうございます(^^)

 

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